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2006年05月30日
vol.73 農家の子に生まれてよかった
風薫る5月とは程遠い梅雨のような5月で、ヤーコンの植付も遅れがちです。
昨日も畑仕事ができず、雨の合間を縫って山に上がり竹の子を折って歩きました。
途中足を滑らせ竹の枯れ枝で目の淵を突き、あと1センチ中だったら失明するところでした。
子供の頃、竹の切り株が右掌から突き刺さり、甲に抜ける怪我で家族を驚かせたこともありました。
自然は危険と隣り合わせですが、これ以上の学びの場ば他にありすまい。
昨秋植えた1000本の玉ねぎが皆トウが立ち、なぜだろうと妻と顔を見合わせました。
周りの畑の玉ねぎは正常に育っていて、収穫間じかです。
9月27日より前に種を蒔くと、トウが立つとの話を聞き自然の妙に更に驚きました。
昨年肥料を与え過ぎてツルボケしたかぼちゃのことを思い出しました。
植物の生命力、環境への順応力とともに、人間の身勝手さへの抵抗も備えているようです。
妻や娘は蛇が大嫌いです。 田舎育ちの私は蛇も蛙の鳴き声も気になりません。
動物たちが車に轢かれて命をおとし、可哀相に思うのは今に始まったことではありません。
動物や植物と身近に共生してこれた農的生活あってこそ、今の自分があると感謝感謝です。
子供達は田舎を捨てて、東京暮らしです。そして子供の教育のためとお受験に夢中です。
農業体験こそが子供の教育に一番大切なことだとは判っていないようです。
投稿者 wada : 09:19 | コメント (138) | トラックバック
2006年05月26日
vol.72 農業法人と提携しトータルでのヤーコン事業展開にメド
これまで農家の方に栽培をお願いしたり、企業にお願いして栽培を拡大してきました。
直接農家の方との交渉は品質管理や集荷の点で問題がありました。
また、企業の場合は農業が専門ではなく、儲からなければ簡単に止めていかれます。
栽培上の課題を持ち寄り改善し、ノウハウをマニュアル化するなどの作業ができませんでした。
それどころか在来種の欠点(主としてひび割れ)から栽培を止める人の方が多い状況でした。
ヤーコンの新品種「アンデスの雪」ができたお陰で、当方も自信を持って栽培を勧められます。
また、ヤーコンだけでなくヤーコンジュースとブレンドするニンジン、ブロッコリー、ケールなどの野菜や
ヤーコン茶の中に使用するハブ茶、ハトムギ、大麦、桑の葉などの栽培もお願いすることにしています。
使用する原料がすべて国産で、かつ栽培者の顔が見える利点があります。
栽培者も作った物が全部売れ、年間売上収入の計算ができる点も大きいようです。
ヤーコンにいち早く着目し、科学的な裏づけと特許に守られた事業展開を志してきました。
結果として、ヤーコン搾汁の緑色と黄色の2件の基本特許を取得し、
ヤーコン入りの麺や酢の用途特許もそれぞれ取得しました。
ヤーコン搾汁の緑の色素の構造や麺のコシや茹でのびしにくい物性もとれました。
更に今回農業法人とタイアップできたことで、栽培、加工、販売・サービスまで
トータルで仕事ができるとの確信が得られました。
投稿者 wada : 09:17 | コメント (29) | トラックバック
2006年05月22日
vol.71 ヤーコンの花の種から栽培できたとの情報に接して
岐阜の三宅さん! いつも投稿ありがたく感心しながら拝見しています。
題記の情報を5月10日付けの本欄に5月13日付でお寄せいただきました。
87歳になられる母上が、ご近所にヤーコン苗を配りに行かれた先での話として
ヤーコンの花が枯れた後、種をとり春まいたら芽が出て育った事例を耳にされたとのことです。
今秋種を取りご自身で試してみると意欲満々、母上の研究熱心さに脱帽とあります。
私も製品加工面では色々工夫を凝らし挑戦し続けていますが、
花の種から育てることには気がつきませんでした。
自分の専門分野にこだわる余り、隣の畑に関心を持つことを怠ってしまいました。
農業のことは皆母から教わりましたが、そう言えば母は種を大事に取っていました。
場面場面で母の言った言葉や注意事項を思い出しヤーコン作りに役立てています。
ヤーコンの新品種「アンデスの雪」は確実に驚くほど沢山の花をつけます。
在来種が花をまばらにつけるのに比ぶれば、違いは歴然としています。
種から育てば球根の保存で苦労をすることもなくなり楽になります。
特に雪に長期間閉ざされる地方の方には朗報となりましょう。
とても貴重な情報です。多くの方に読んでもらいたいと願っています。
投稿者 wada : 16:35 | コメント (3) | トラックバック
2006年05月18日
vol.70 できるだけ大きい器の中で仕事をしたいものです
日本中どこの都市に住んでいても、市の広報が配られてくることでしょう。
この中に議員の質問の要点がまとめられ公開されています。
いつもこれに目を通しますが、その都度議員が気の毒に思えてなりません。
彼らの要望がすべて実現したとしても個性ある街づくりにはならないと感ずるからです。
小さい器(5万人都市)ではどんなに頑張っても雄大な絵は描けません。
昭和61年に山口県の4次展望策定委員となり、県の10年計画作りに1年間参画しました。
山口を8つにまとめたオクトピア構想なるものができ、その中に30万都市が4つできるはずでした。
所謂中核都市ですが、18年経って実現できたのは下関市だけです。
私の住む光市も為政者の反対で県の計画が進まず、小さい器の中で甘んじています。
中核都市は現在37ですが、この位の規模、器なら議員も提案しがいがあると思うのです。
私は地元を代表する企業に就職ができ、ゆったりとした社風の中で研究することができました。
優秀な先輩も多く、ものの考え方をはじめ、報告書の書き方まで指導を受けました。
独立して物づくり事業を始めた今も、先輩達の数々の言動が場面場面で役立っています。
小さい器の中で働く仲間にどれほどの指導ができるかと、私自身心配になります。
議会報告書を見る度に、せめて中核都市に住みたいものだと苛立ちを感じ心を痛めます。
投稿者 wada : 09:53 | コメント (11) | トラックバック
2006年05月17日
vol.69 組織で仕事ができるまでは一苦労です
ユニークな物づくりは個人の能力(アイディア、構想力、技術力)次第です。
事業の芽が生まれても組織で仕事ができるようにならなければ、大きな事業にはなりません。
既存事業を持たず、新規製品開発だけで企業を経営するのはとても辛いものがあります。
資本力がつくまでは有能な人をお誘いできず、組織で仕事はできません。
ヤーコンのように農業をベースにした仕事は一年中仕事があるわけではありません。
加工の仕事も秋から冬の間だけで、忙しいのは半年です。
ヤーコンジュースの加工設備も調えましたが、半年は稼動しないので商品が割高になります。
機械設備面でも、実績のある工場で生産しないと大企業には相手にされません。
最終製品はその道のリーダー的企業にお願いするよう心がけています。
「どんな企業でも皆ゼロからの出発だったのだ」と自分に言い聞かせながら、
当面は農業法人の人たちと力を合わせ、加工の仕事が農閑期であるのを幸いに、
相互乗り入れで相乗効果を出したいと考える昨今です。
里山の自然再生を志す人たちにも、体と心の健康に加えて
経済的健康が保証され、三拍子揃ったたと喜んでもらえたようでした。
投稿者 wada : 12:25 | コメント (65) | トラックバック
2006年05月10日
vol.68 里山の自然再生を志す人々に出会う
仕事がらヤーコン栽培者を探しに里山に出かけます。中山間地里山を訪れる度に荒廃が進み、
集落社会の存続すら不可能になるのではと心を痛めています。
工業化社会にどっぷりと浸り恩恵を受け、東京で5年間過ごした私です。
都市と農村を同時に知る人間の一人として、里山の自然が失われた原因を考えることがあります。
本年4月、里山に住み新しい共同体社会作りを志す人々に出会いました。
ここでも今年からヤーコンを栽培してもらう約束ができました。
聞けば東京の農大を卒業した人たちで、中には夫婦共に農大を出た若いカップルも居ました。
失われた過疎地の再生に専門知識を持つ若い人たちが命がけで取り組む姿に感動しました。
市場主義万能の競争社会を築き、東京一極集中を進めた政治の見直しが今こそ必要です。
地方に財源と権限を移し、個性ある競争力を持った地域づくりを進めていきたいものです。
その1つに農村の再生があり、特に森や田畑や河川と共生する集落作りの再生があります。
今回拝金主義におかされず自然再生にかける人々に出会い、私も力を貸したいと思ったことです。
投稿者 wada : 15:50 | コメント (109) | トラックバック
2006年05月01日
vol.67 政府系金融機関に助けられた私
企業には設立間もないものもあれば、歴史を刻んだものもあり色々です。
弊社は平成5年秋の設立ですが、製品開発の明け暮れで、営業を始めたのは平成8年4月でした。
創業に当たり、お金も信用もありませんのでアイディアで勝負し、国の研究助成金に頼ることにしました。
幸いにも平成7年度の通産省の助成事業テーマに選ばれ、恵まれた環境の中で研究をスタートできました。
生産設備を整えるために、平成7年末にメガバンクから数千万円の借入をしました。
地方銀行よりも金利が安いことと、先輩の助言で金利だけを支払う長期資金を借りました。
竹中大臣は金利だけを払う手形制度(?)が不良債権発生の原因の1つであったとの考えのもと、
この制度を廃止し、各銀行に財務体質の改善強化を強く迫ったようです。
平成17年度はメガバンクのすべてが未曽有の高収益を上げています。
その裏で大変ないじめ嫌がらせを受けている企業も多いのではと思います。
急きょ国民生活金融公庫に助けを求め、お陰により安い金利で事業を継続することができました。
また、商工中金の懸賞論文にも応募して入賞し、資金援助も受けました。
創業間もないベンチャー企業にとっては、公的役割を忘れて営利を追及する民間銀行だけでは
泣かされるケースも出てくる事例ではなかったでしょうか。
つくづく物づくりのための設備にはお金がかかるものだと感じています。
何が最適設備かわからず、不要な機械を買ってしまうもののようです。
投稿者 wada : 17:52 | コメント (792) | トラックバック

