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2006年04月24日
vol.66 靖国問題の解決を小沢一郎代表に託したい
靖国問題が外交問題化したのは小泉総理の配慮不足によるところ大でしょう。
自民党政権下、宗教問題に政治が介入できないの一点張りで靖国問題を避けてきました。
そこへA級戦犯を分祀して天皇がお参りできる靖国に戻すとの小沢発言が飛び出しました。
私は小沢さんのような剛腕政治家なら言葉通り実現できると信じます。
元々政治家が合祀したことであり、政治外交問題になった以上、政治で解決すべきでしょう。
私は戦時中、父、父の弟2人、それに祖父をほぼ同時に失いました。
そして父の弟は戦死して、靖国に祭られています。私も3回靖国神社に参拝しました。
終戦前日の8月14日、私の住む光市では海軍工廠が空爆を受け、多数の命が奪われました。
私の妻の実家は広島市の平和公園内にあり、8月6日、原爆ですべてを失いました。
義父は戦地に居て辛うじて難を逃れ、義母や妻は疎開して原爆に遇わずに済みました。
私は日本がどうして負け戦を始めたのかと同様に、
戦争を止める決断をもっと早くできなかったのかを疑問に思ってきました。
東条英機ら指導者が1億総玉砕の道を選んだことはどうしても許すことができません。
本来、戦死者を祭る靖国神社であったはずです。本土空爆や原爆で亡くなった人は祭らず、
戦争の終結を遅らせた指導者を祭る靖国は許せません。宮司にもその権限はないはずです。
投稿者 wada : 17:26 | コメント (14) | トラックバック
2006年04月21日
vol.65 ヤーコンのアクで最も優れものは緑色色素
ヤーコンのアクは貴重な栄養素であり、水洗いして捨てるのは勿体無いと感じています。
ヤーコン中のアクについて少し詳しく述べますと、アクの色は刻々と変化をしていきます。
ヤーコンの皮をむき、ミキサーで破砕しますと、黄→黄緑→緑→青→茶褐色→黒褐色
と、時間の経過とともに矢印の方向に色が変化します。
途中に発現する緑や青色はとても美しいものです。
私はこのような色の変化に出くわした時、美しい緑色に引き込まれました。
ジャガイモが緑色を呈することは知っていましたが、ヤーコンの比ではありません。
濃い緑の葉野菜と比べても見劣りしない美しい緑色をしています。
葉野菜の場合はクロロフィルによるものですが、ヤーコンの場合は酸化によって生まれます。
緑色を安定して得られないか。また、緑色の性質や構造を解明したいとの欲望が湧きました。
これらの欲望は平成5年の秋に持ちましたが、その後、継続的に、また断続的に持ち続けました。
結果として緑色の安定化は平成10年秋に、また、性質や構造は平成16年秋に解決できました。
そして前回書いたような物質であり構造でした。
どんな些細なことでも解決までには時間がかかります。
物づくりに大切なのは粘り強い継続的努力と、解決したいと思う執念であり意志だと思います。
投稿者 wada : 10:49 | コメント (107) | トラックバック
2006年04月14日
vol.64 ヤーコンのアクは大変貴重な栄養素と判明
ヤーコンは生で食せる野菜(根菜)ですが、アクの強い野菜ですぐに褐変してしまいます。
この強いアクが料理人を悩ませ、食材としての普及を妨げています。
ヤーコンの皮をむき、水に晒すか、酢漬けすれば一時的に褐変を防げます。
ヤーコンを食材とする過去10数年の製品開発研究はヤーコンのアクとの戦いでもありました。
現在ではヤーコンのアクはとても体に良いものだと判り、自信を持ってオススメできます。
これも共同研究をしていただいた山口大学農学部の梶原教授のお陰です。
科学機器を駆使して判ったヤーコンのアクはポリフェノールの1種"クロロゲン酸"と、
誰でも知っているアミノ酸がくっついた物質でありました。ビタミンCなどの酸を加えると
クロロゲン酸とアミノ酸に分かれ、アルカリを加えると1つの物質即ちアクに戻ることも判りました。
クロロゲン酸は珈琲などに含まれ、カフェインと一緒に摂るとダイエットできると今話題になっています。
一方の成分であるアミノ酸が体に良いことは、今日では知識として多くの人が知っています。
ヤーコンには、9種類の必須アミノ酸の内、8種類含むことを解明しました。
ヤーコンのアクを水で洗い流すのは勿体無い事で、弊社ではこのアクをジュース、お酢、麺の中に
完璧に取り込み活用することに成功しました。ヤーコンのアクは邪魔者と考えられてきましたが
アクのお陰で種々の特許が取得でき、ヤーコンのアクが体に良いものだと断言できるようになりました。
困難な課題に直面し、これを克服すために考え抜き解明する作業こそが研究であり、
課題が難しいほど研究はやり甲斐があり、かつ楽しく面白いものです。
物づくり研究は経験と意欲が最も大事で、若者だけの特権ではないと思います。
水戸黄門ならぬ渡部恒三さん(73歳)の登場で政治も面白くなりました。
投稿者 wada : 10:25 | コメント (417) | トラックバック
2006年04月11日
vol.63 物づくり(食品加工)と薬事法
今年に入り地元の保健所から呼び出しを受けました。
弊社の取り扱うヤーコン及びヤーコン製品の説明内容が薬事法に抵触しているとのことでした。
誇大広告による被害から消費者を守る立場にある厚生労働省、
そして実行部隊としての保健所の役割は十分承知しているところです。
医学的科学的に公知の事実を書いても、それが製品の効果効能を暗示すると言う理由で許されないのです。
例えば、インスリンはアルカリ性体質(pH7,2〜7,4)で働き、酸性体質(pH6,8〜7,2)では
十分には働かないことが公知ですが、インスリンと言う言葉が入るだけでダメなのです。
また、体験談やヤーコンの本を製品とともに紹介することも認められません。
物づくりには開発理念があり、理念に沿って製品化を行います。
ヤーコンはオリゴ糖と食物繊維で成り立つ野菜ですから、ダイエタリー食材であり、
かつ腸内を大掃除し腸内環境を整える優れた食材であると考えたからこそ製品開発に熱中したのです。
一方で中小企業にできない医薬品開発や、薬的なサプリメント開発も行わないとの開発方針を持っています。
ヤーコンは日本での歴史が浅いため、多くの消費者は知りません。今でも、「ヤーコンって何ですか」
「ヤーコンは何に効くのですか」と問われます。これにお答えすることは製造者の当然の義務であります。
また、製品開発者の想い、コンセプトを消費者にお伝えすることもあって良いことでしょう。
消費者の知りたいヤーコン成分とその働き、開発の狙いなどはしばしば薬事法に触れ書けないのです。
投稿者 wada : 17:05 | コメント (9) | トラックバック
2006年04月06日
vol.62 ヤーコン新品種「アンデスの雪種芋」の増産準備に追われる毎日です
私自身、毎年20アールほどの畑にヤーコンを栽培してきました。
栽培の目的は種芋を常時安定して確保する為です。
一昨年の2月、農水省でヤーコンの品種改良に取り組まれた中西建夫先生から
新品種「アンデスの雪」を10数株買い求め、昨年800株に増やしました。
今年はこれを2万株に増やしたいと今取り組んでいるところです。
これを機に在来種は全部処分をしました。
800株を掘り起こして驚きましたが、ヒビ割れはなく芋の形も良好でした。
これから2,3年をかけて、「アンデスの雪の種芋」を増殖増産し、
栽培をお願いする農家の方に在来種からの転換を図ってもらう計画です。
アンデスの雪が優れものだったことで、今年から何の不安もなくヤーコン事業に取り組めます。
中西先生には改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
思い起せば平成3年春、近所の園芸店で1万円分のヤーコンポット苗を買ったのが始まりでした。
平成7年の春、当時日本に限られた数量しかなかったヤーコンの球根を80万円かけて買い求め、
これを80軒ほどの農家の方に配って栽培をお願いし、ヤーコン事業を立ち上げました。
これらはいずれも在来種での話でしたが、平成18年の今年、再度ゼロから出発するつもりで
ヤーコン事業を「アンデスの雪」によって再構築しようと、希望を持って決意したところです。
投稿者 wada : 15:09 | コメント (327)
2006年04月04日
vol61 物質的には豊かでも日本の家族、家は崩壊寸前です
一昨日は妻の母の法事、昨日は私の母と祖母の法事で親族が集りました。
久しぶりに従兄弟たちと話が弾みました。話の中身は深刻でお互い家を守れそうにない苦労話です。
物質的には豊かで、子供達もいいところに就職し、外めには裕福で幸せに見えても
跡継ぎが故郷を離れて都会で暮らし、先祖のお墓さえ守れず家の崩壊が進んでいる事例が多いのです。
できの良い息子を持つ親ほど、この傾向は強く、特にこの10年余りは大学を出ても地元に仕事がなく、
若者にとって気の毒な社会になった事を、近所の事例を通して共に嘆き慰めあいました。
製造業で働く後輩達も、アジアへの技術移転の仕事で活躍をしてはいました。
しかし、日本の親会社はアジアの新興国に追い抜かれて仕事をたたみ、
これまでの努力も水の泡で定年を迎えます。
やがて食糧危機やエネルギー危機もやってくるでしょう。
生活を支えるためのお金と、子供の教育のために都会に出た息子達も、
お受験教育に追われて親や家の事を顧みる暇などありません。
我が家は戦争の影響もあって4人の男性を同時に失いました。
母と祖母がともに苦労をして女手だけで、家の最大の艱難を乗り越えてくれました。
私と弟が地元の企業に就職でき、やっと人並みに生活できるようになるまでが大変でした。
そして今は第2の艱難の時。子供達は家族のことで精一杯。親や家を守る気はないようです。
法事と言う場を利用して、我が家の一代前の苦難を子供達に伝えたいとの思いで皆に語り、
暗に先祖を大事にし、駅伝のようにバトンタッチする時期に来たことを挨拶に盛り込みました。
物が豊かになった反動で、日本人が失ったものの何と多いことかに気づく2日間でした。
投稿者 wada : 11:27 | コメント (2018) | トラックバック

