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2005年08月09日

vol.28 豊かな生活は美しい地域づくり、国づくりから

今日の社会を、明治維新、先の大戦敗北に次ぐ危機と受け止めている人は多いと思います。
私も、昭和の終わりから平成の初めにかけて、日本の進路のことを考えたことがあります。

その中で、自分にできることは何かと考えました。

悲惨な戦争体験と、対象的に恵まれた高度経済成長時代の両方を経験しましたので、
現在の混沌とした時代への対応を考えねばとの気持ちでした。

戦後のモデルはアメリカでした。
アメリカのように、豊かな生活をしたいと、急速に工業化社会を実現させました。
アメリカに追いつき、追い越せとばかり頑張り、アメリカに継ぐ経済大国となりました。

昭和の終わりの頃、私の頭の中を
「歴史のあるヨーロッパはなぜ、日本に追い越されたのか」
と疑問を抱いていました。

ところが、ヨーロッパを訪れ、ドイツ、フランス、スイス、オーストリアなどの
美しい国土を見るにつけ、全く違った印象を持ちました。
先進国ヨーロッパは、工業化社会の後を読んで、国づくりをしていたのではないかと。

食糧自給率100%の農業国で食も豊かです。
美しい緑と花のある町、
延々と続く美しい牧草地帯、
緑の中に赤い屋根と白い壁の調和した美しい家並みは
これらの国に共通していました。
これらの美しい風景に接し、これからの日本のモデルはヨーロッパだと思いました。

花や植物の豊かな町、
美しい海岸線の連鎖、
牛など動物の放牧されたのどかな牧草地帯の連鎖、
整備された美しい森林などで
国や地方を作り変えることが求められます。

そのためには、これまでのような小さな市町村にまかせた取り組みではなく、
広域的につながりをもった、美しい地方に作り直さねばなりますまい。

ささやかではありますが、こんな夢を持ちながら
ヤーコンと取り組んでいる私です。

投稿者 wada : 2005年08月09日 18:22

コメント

小生が言ってみたい国、それは、ルクセンブルグ大公国です。 オランダとベルギーの内陸側に張り付いた小国。ベネルクス三国を構成する国です。
面積は佐賀県程度で、人口はその半分の40万人。ヨーロッパの古代から中世にかけて、至る所で作られた都市国家がそのまま1国家として生きながらえてきた「地域共同体」です。 
国民一人当たりのGDPは日本の2倍! 世界一豊かな国民です。失業率も1%台。1%ということは、失業者がいないということです。 夢のような国です。
どうして、こんな凄い国になったのか。
小生の住む岐阜県岐南町に、ルクセンブルグの中小企業の日本営業所があります。 世界でただ一つのオンリーワンの企業で、主要国にネットワークを張り巡らせているとのこと。 どうも、こうした中小企業がいくつかあってGDPを押し上げているようです。
なぜ、こんな企業がいくつもできたのか。
ルクセンブルグの政府団が日本を訪問したときの会見のなかで、「官僚機構を最小限に抑えていること」と「国会が世界経済の環境変化に即応した法律を迅速につくること」が我が国の特徴だ、と言っておられます。
ヨーロッパ各国は、都市国家の連合体と言えます。 都市国家は、「国に従属すれど、地域共同体としての独自性は放棄しない」という「自治権」を色濃く持っているようです。 ここに、各都市国家に素晴らしい文化が花咲く基盤がありそうです。
日本はどうでしょうか。 巨大な官僚機構と無能な国会。これでは救われません。 
ルクセンブルグのような都市国家づくりが出来ると日本人は、きっと幸せになれるでしょう。
日本にも、つい最近まで、これがありました。江戸時代の「藩」です。模範となる「藩」は「米沢藩」です。藩主「上杉鷹山」一代限りで繁栄は終わりましたが、ケネディ大統領が就任したとき、日本のメディア向け記者会見で、尊敬する人の一人として挙げた人物です。(日本人記者は、だれも上杉鷹山を知らなかったとか。そういう小生も、最近知っただけ。凄い政治家!)
「廃藩置県」で国家の繁栄はあったものの、国民は、決して幸せにはなれていないと思います。
中央集権ほど、国民を犠牲にするものはないことを、ヨーロッパの人々は身をもって体験してきていると言えましょう。
「廃県置藩」して、江戸時代に戻すと、日本中のあちこちで、ルクセンブルグ大公国が誕生するのではないでしょうか。藩の領民は、幸せいっぱいになること間違いなし!

投稿者 三宅和豊 : 2005年08月10日 19:04

「廃県置藩」とは大変面白いご意見だと思いました。
今の日本は大きな政府、巨大な官僚機構と無能な国会が問題です。今後の方向として、地方の時代、道州制が提案され、その方向で動いていると信じていますが、スピードが遅すぎます。
理想のモデルとして、「米沢藩」「上杉鷹山」を出されておりますが、私の生まれたところは、偶然にも、米沢市の上杉神社のすぐ側でした。昨年の秋にも、ここを訪れ、往時を偲んできたところです。
早く、日本の改革・洗たくが進むことを念願している一人です。

投稿者 渡辺最昭 : 2005年08月11日 15:17

びっくりしました。渡邉最昭さんが上杉鷹山を幼少のころから知ってみえたとは。上杉鷹山の殖産振興と渡邉最昭さんのヤーコン振興には、相通ずるところがあるような気がします。
「藩」の文化が今でも人に根付いているのではないでしょうか。
「長州藩」が明治維新の立て役者になったのも、「藩」の文化が大きく影響していると思います。 陰の功労者は、豪商「菊屋」さん。この方を全国民が知るように、学校教育して頂きたいと考えます。
小生が「藩」に拘るには、理由があります。
岐阜県は日本の中心にあり、地の利がありながら、没落の一途をたどっています。元気な市町村は、大垣市と高山市だけです。天下分け目の関ヶ原の守りについた「大垣藩」が10万石の城下町として栄えました。また、広大な飛騨を直轄地とし代官屋敷を置いた高山が「藩」に近い文化を醸造しました。岐阜県のその他の地域は、徳川家康によって、ずたずたに細分化され、直轄地と旗本の所領のモザイク模様の国となりました。美濃を制する者は天下を取ることを身をもって知っていた家康の「仕業」です。美濃の国からの人材の輩出を阻止したのです。
「廃藩置県」になって100年以上経っていますが、岐阜県は「藩」がなかったことが今でも尾を引いています。
江戸時代に唯一、中央集権を経験した岐阜県。明治以降の中央集権は、全国の都道府県を皆、岐阜県のようにしてしまう恐れがあります。
人の寿命は短いですが、親から子へ、子から孫へと伝えられる文化は「しぶとい」ものがあります。
岐阜県の現状を見たとき、この「しぶとさ」が失われる前に、「廃県置藩」を行い、「藩」文化の再構築と人材輩出に努めなければ、日本人は没落の一途をたどるしかないでしょう。
「藩」文化の恩恵に浴すことがなかった当地に住む、一人の人間ならではの、独特の思考方法ですが、案外、的を得ているのではないでしょうか。

投稿者 三宅和豊 : 2005年08月12日 11:37

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